奥ゆかしきニッポンのコーヒーミル。
見た目は“たんす”、素材は“桐”。 豆を挽く道具が今、和風な佇まいに変容した。 工芸品の域に達した風情あるコーヒーミルは、 挽く時間も、眺める時間も、私たちの心を満たしてくれる。

“桐”をあしらった新作コーヒーミルが誕生。

2016年夏、Kalitaの新作コーヒーミルが登場する。粉受け部分に高級木材“桐”を使用した贅沢なシリーズだ。注目してもらいたい点は、何と言ってもデザインにある。どこかで見覚えはないだろうか。落ち着いた佇まい、繊細な細工、質感の高い木の風合い…そう、この姿は“たんす”だ。フォルムも引き出しも“たんす”そっくり。黒々と輝く金具がいっそう“たんす”を彷彿させる。

 

素材、デザイン、装飾…伝統的な家具さながらの存在感を放つ新作は、従来のコーヒーミルとは一線を画していると言えるだろう。そもそも、なぜ“桐”なのか、なぜ“たんす”のようなデザインなのか。その答えは、新作コーヒーミルの生産地である新潟県加茂市にあった。

 

新潟県加茂市には、信濃川の水系である一級河川”加茂川”や1000年以上の歴史を誇る”青海神社”がある。

桐たんすの街“加茂市”。

桐たんすの生産量は日本一。

新潟県のほぼ中央、“県央”と呼ばれるエリアに位置する加茂市。市内を縦断するように流れる加茂川、山峡の盆地に佇むのどかな風景が広がっていることから、“北越の小京都”と呼ばれている。私たちが訪れたのは3月上旬。越後山脈の嶺には積雪が確認できるが、市街地に雪はない。市の花である“ユキツバキ”の蕾も、今にも咲きそうなほど大きくなっている。この街にも、もうすぐ春が来るようだ。

 

「この地では、220年以上前から桐を使って家具をつくっていたんです」。そう語るのは、有限会社茂野タンス店の代表取締役である茂野克司さん。この道30年以上のベテランであり、加茂箪笥協同組合の理事長も務めている。

 

「加茂市では桐家具、主に桐たんすを数多く製作してきました。今では桐たんすの全国生産量約70%を占めるまでに拡大。日本有数の桐たんすの生産地として、現在も多くの工場で伝統工芸士をはじめとする職人たちが、毎日腕を振るっています」。

 

有限会社茂野タンス店代表取締役、加茂箪笥協同組合理事長の茂野克司さん。

近年は桐たんす以外にも桐を使った生活用品や玩具も製作しているそうだ。

 

ニッポンが誇る“伝統的工芸品”として。

しかし、なぜ加茂市が220年以上もの間、桐たんすの生産地として発展を続けていけたのだろうか。「桐は熱伝導率が低く、火事などに見舞われても焼け落ちにくい。あとは、調湿機能も優れているため、湿気や水害に負けなかったんです。日本の激しい気候風土に対応し、災害に負けない桐たんすは、幅広い人々に親しまれてきました。この関係性が築けたからこそ、今日まで発展し続けられたんでしょうね」と、茂野さんは語る。

 

そんな長い歴史の中で、加茂の桐たんす産業に大きな転機が訪れた。「1976年(昭和51年)に当時の通商産業省(現・経済産業省)大臣より、“加茂桐箪笥”が“伝統的工芸品”に指定されたんです。日本の工芸として認められた、歴史的な瞬間でした」。

 

江戸・明治・大正・昭和・平成…さまざまな時代、さまざまな人の衣服と暮らしを守り続けてきた家具として、長年愛されてきた加茂の桐たんす。新作コーヒーミルは、そんな伝統と誇りのある街で製作されているのだ。

 

市内の至るところで桐が天日干しされている。これも加茂市ならではの風景だ。

また、青海神社の近くにある“加茂市民俗資料館”では、年代物の桐たんすを見学できる。

 

新たなプロダクトに宿る、加茂の職人魂。

古くから伝わる工法。

新作コーヒーミルを手がけているのは、加茂市にある有限会社野本桐函製作所だ。「コーヒーミルをつくるのは、はじめての試みでした。サイズの調整や試作品の製作は何度も繰り返し行いましたね」。そう話すのは、代表取締役を務める野本剛さんである。

 

早速、製作の工程を見せてもらった。「まずは、桐を製品サイズに合わせてカット。その次に、“ホゾ”と呼ばれる溝を彫っていきます。ホゾは凹の部分と、凸の部分にわかれているんです。これらをすき間なく結合させ、気密性を持たせるんです」。

 

寸分の狂いもなく彫られた“ホゾ”に沿って、桐を箱状に組んでいく。

 

大切なのは“技術”と“勘”。

本体を組み終えたあとは、引き出しを組んでいく。その後は、引き出しを本体に入れるための調整を行う工程に入る。

 

作業台に行き、おもむろに引き出しを本体に出し入れしはじめた野本さん。「このままだと、スーッと入っていく感じがない。引き出しを閉めた時も微妙に違和感があるんです」。なるほど、この誤差に気付ける感覚こそが職人の職人たる所以なのかもしれない。

 

「削りすぎたすき間は、絶対に埋めることはできません。ミリ以下の調整は、“技術”と言うよりもはや“勘”なんですよね」。加茂の職人であることの誇り、体で覚えた技術に対する自信。野本さんから発せられた言葉に、何ひとつ嘘はなかった。そうして、かんなをひと削り、またひと削り、動かしていく。その所作は精密機械のように無駄がなく、流れるように美しい。

 

作業中の野本さんの表情は真剣そのもの。迷いのない削りで引き出しを完成させていく。

 

その道に、終わりはない。

「最終工程は金具付けです。金具もたんす仕様。このひと工夫が風情を出してくれるんですよね」と、野本さん。「完成した桐箱部分に触れみてください。ほのかにあったかいでしょう?これが桐のいいところなんです。ショップで見かけた際は、ぜひ手に取ってみてください。きっと驚くはずですよ」。

 

取材の最後、野本さんに何気なく“一人前になるためにかかる年数”を尋ねてみた。そこで返ってきたのは、意外な答えだった。「何十年も工場で桐製品をつくっていますが、まだまだ“一人前”とは名乗れませんね。自分より腕の立つ職人は、加茂に何人もいますから」。技術は、他人には譲れない。自分だけの能力だ。野本さんに宿る職人魂はこれからも絶えず燃え続け、新たな逸品を生み出してくれることだろう。

 

縁金具と引き手の取り付け風景。製品の顔をつくる重要な工程のひとつである。

加茂の感性とKalitaの技術が調和した新作。

シリアルナンバー入りのコーヒーミル。

加茂市の職人技が光る新作シリーズは全部で2種類。粉受けのみを備えた“1段タイプ”と、粉受けとストッカーが付いた“2段タイプ”だ。ホッパー部分も、調整ネジを回すと粗挽き・細挽きに変更できるなど、Kalitaのコーヒーミルに備わっている基本機能は活かしつつ、今回の新作に合わせてデザイン変更を行っている。

 

また、加茂箪笥協同組合に所属している工場が製作した製品のみに付けることが許可されたシリアルナンバー入りのステッカーにも注目だ。たんすと桐の花紋をモチーフにしたこのステッカーは、加茂のたんす職人の技術と想いが詰まった証である。

 

コーヒーをじっくり味わう時間は、豆をじっくり挽く時間からはじまっている。春のあたたかな陽気に包まれながら、夏に響く蝉の鳴き声を聞きながら、秋の落ち葉を見つめながら、冬にしんしんと降り積もる雪を見つめながら…挽く時間、そして味わう時間を楽しんでほしい。

 

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KIRI & Kalitaで見つけたKalita製品
コーヒーミル 桐モダン 壱
コーヒーミル 桐モダン 弐
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KIRI & Kalita
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